2013年

5月

22日

暑中見舞いの書き方(句読点)

暑中見舞いや年賀状の文章に、句読点が無いのをご存知ですか? そう暑中見舞いや年賀状ばかりではありません。賞状や証書などにも句読点がありません。

その昔、日本語には句読点はありませんでした。江戸時代になって識字運動が盛んに行われ、子供から大人までどんな人でも文章が読みやすいようにと、句読点をつけることが一般化したのです。つまり、子供向けの本に漢字にルビを付けるのと同じですね。ところが、誰でも読める漢字にルビをふったら「オマエ馬鹿にしているのか!」となります。句読点も同じですね。「句読点なんてつけて、俺を馬鹿にしているのか」と。そういう歴史が、句読点のない文章は高尚で、句読点を付けた文章は下劣とは言わないまでも初級者向けの文章だという暗黙の了解を作ってきたのです。

そのような背景があるから、句読点のある文章で便りを書くということが、「お前は句読点を付けないと解らないでしょう!」と蔑む意味合いにもなってしまうので、それでは良くないということなのです。

総じて句読点を入れずに文章を書くことで、相手に敬意を示すという奥ゆかしい文化が生まれ、今日まで引き継がれているのです。

さらにさらに、祝い事やめでたいことなど慶事の挨拶でも、喜ばしいことは続いたほうがよいので、区切りをつけないという意味を込めて、句読点を使わない方が好ましいようです。

暑中見舞いや年賀状の文章に句読点が無いのは、こういった深〜い理由があるのです。